フィレンツェ 観光を楽しむ

イタリア旅行でも特に人気のある都市フィレンツェは、ルネッサンス時代の美術品や建築物が豊富にあることから街そのものが世界遺産に登録されています。

フィレンツェのみどころ

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂ドゥオモ
1296年から140年以上をかけて建設された巨大なドームが特徴的な大聖堂は、イタリアのゴシックおよび初期ルネサンス建築を代表するフィレンツェのシンボルです。外装は白大理石を基調とし、緑、ピンクの大理石によって装飾され、イタリア的なゴシック様式に仕上がっています。石積み建築のドームとしては世界最大規模です。
14世紀まで建築や芸術において主導権をにぎることのなかったフィレンツェが、ピサやシエナの大聖堂建立に触発され、これを凌ぐ大聖堂の建設が1294年に開始されました。大聖堂の身廊が完成したのが1380年。その後、ブルネレスキの案により二重構造ドームのクーポラ部分の建設がすすめられ1434年にクーポラが完成、頭頂部のランタン部分はミケロッツォ設計が採用され、1461年に完成しました。
ファザードは当初の設計者カンビオの死後、その強度やデザインなどが理由で長年未完のまま放置されていましたが、1864年に再建を開始し1887年に完成。正面の巨大な銅製の扉は1899年から1903年までの間につくられました。
内部はイタリア独特なゴシック様式で、ステンドグラスや大理石の床、クーポラのフレスコ画、装飾品はどれも優れた芸術家によるもので見所が多く、高さ90mのクーポラ頂上までは日曜日以外ならば上ることができます(有料)。

ジョットの鐘楼
大聖堂の脇に建設されている高さ約84m、大聖堂と同じく赤、白、緑の大理石で作られているゴシック様式の鐘楼。象眼や彫刻で飾られた基底部分はジョットの構想によるもので、56枚のレリーフと16体の彫刻で飾られています。鐘楼外壁の装飾はほとんどがレプリカで、オリジナルは大聖堂付属美術館に収蔵されています。

サン・ジョヴァンニ洗礼堂
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂付属の洗礼堂。大聖堂の正面玄関に向き合って立っている八角形の建築物で、ロマネスク様式の最も重要な集中形式の教会建築のひとつ。内部は、床は一面のモザイク模様、壁面は外装と同じく大理石による幾何学模様が施されており、天井は『最後の審判』の他、聖書にまつわる多くの場面のモザイク画で飾られています。ロレンツォ・ギベルティによる東側の扉が特に有名で、後にミケランジェロが「天国への門」と呼んで賞賛したことから主にこの名で呼ばれています。現在の扉はレプリカで、本物はドゥオーモ付属博物館に所蔵されています。

ウフィツィ美術館
イタリアルネサンス絵画の宝庫として有名な美術館。イタリア国内の美術館としては収蔵品の質、量ともに最大のもので、世界遺産フィレンツェ歴史地区の一部として認定されています。メディチ家歴代の美術コレクションである展示物は2,500点にのぼり、ボッティチェッリ、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロなどのイタリアルネサンスの巨匠の絵画を楽しむことができます。
アルノ川沿いにあるルネッサンス様式の巨大なU字型のこの美術館は、当時分散していたフィレンツェの官庁をひとつの建物に収めるため、トスカーナ大公コジモ1世の指示によりジョルジョ・ヴァザーリの設計で建てられた行政機関の事務所がもとになっています。「ウフィツィ」の名はイタリア語の Ufficio (英語の office )に由来しています。後にコジモの息子フランチェスコ1世が庁舎3階の廊下天井にグロテスク模様の装飾を施し、この頃からこの庁舎でメディチ家の持つ古代彫刻などの美術品を収容、展示するようになりました。同じ頃、3階には美術品を飾る八角形の部屋「トリブーナ」が増築され、その後1591年から3階部分を公開したのが美術館の始まりでした。 1737年、メディチ家出身の最後のトスカーナ大公が後継者を残さず死去し、メディチの血を引く唯一の相続人であったアンナ・マリア・ルイーザは「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されること」を条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈し、1769年に一般に公開されるようになりました。

サン・ロレンツォ教会
西暦393年、サンタ・アンブロージョにより奉納されたフィレンツェで最も古い教会。その後1060年にロマネスク様式の教会として再建されました。現在の教会はフィリッポ・ブルネッレスキーの設計により1419~1442年にかけて建設されたもので、フィレンツェにおけるルネッサンス初期の建築を代表する建物です。

メディチ家礼拝堂
メディチ家の富と虚栄を象徴する一族代々の墓。1階にはメディチ家の人々の遺体を納めた石棺がブロンズ像で飾られて並んでいます。2階には君主の礼拝堂があり、色大理石がふんだんに使われた豪華な部屋になっており、当時のメディチ家の財力が感じられます。廊下を渡るとミケランジェロが設計した新聖具室に辿り着き、ロレッツオ2世の墓とともに、ミケランジェロ作の「曙」「黄昏」「昼」「夜」の4つの彫刻を見ることができます。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
聖母マリアに捧げられたこのドメニコ会の教会の起源は、10世紀にさかのぼります。実際に現在の教会が建設され始めたのは1278年からで、シトー派修道院の伝統的様式にのっとったT字型の様式を採用し1420年に奉納されました。教会内部は広々とした空間で、中央の天井の高さと左右の天井の高さの差があまりないため、空間の一体感を作り出しています。そして柱と柱の間隔が奥にいくにつれて狭くなっているため(15メートルから11.5メートル)奥行きが実際よりもより遠く感じる効果が生じています。

サンタクローチェ教会
美しい大理石で作られたこの教会はサンタクローチェ広場に建っています。フランチェスコ派の教会で140メートル×40メートルの壮大な内部には、フィレンツェを代表する276の偉人の墓碑が納められています。ここにはミケランジェロ、マキャベリ、フィレンツェを追われラベンナで亡くなったダンテなどが静かに眠っています。ドナテッロのレリーフ「受胎告知」やパルディ礼拝堂にあるジョットの「聖フランチェスコの生涯」などが見事です。

ミケランジェロ広場
ピッティ宮殿の東側の小高い丘の上にあるこの広場には、緩やかな起伏に富んだ散歩道があり、フィレンツェの人々の憩いの場でもあります。ミケランジェロの「ダヴィデ像」の複製があり、この広場からはアルノ川とフィレンツェの美しい街並みを一望することができます。


ベッキオ橋
アルノ川に架かる最も古い橋で、第2時大戦中、唯一爆撃から逃れた橋です。1345年に作られ橋の上には家や工房が建っていました。始めは主に肉や野菜を売る店が並んでいたのですが、16世紀末にトスカーナ大公であったフェルディナンド1世の命令によってこれらが撤去され、宮殿の周辺としてふさわしいように金銀細工の工房が並ぶようになりました。現在は宝石店や金銀細工の店が所狭しと並んでいます。
片側の家々の上には1565年ヴァサーリによって作られた『ヴァサーリの回廊』が、ウフィッツィ美術館とピッティ宮殿をつなげています。